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 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 9月25日(金)11時34分43秒
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 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 9月23日(水)15時20分15秒
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セリエA 2008-09シーズン 第30節 ユベントス対キエーボ

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 4月 7日(火)11時15分55秒
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プレミアリーグ 2008-09シーズン 第31節 今節のベストシーン

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 4月 7日(火)11時02分46秒
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セリエA 2008-09シーズン 第30節 ミラン対レッチェ

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 4月 7日(火)11時01分16秒
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セリエA 2008-09シーズン 第29節 ローマ対ユベントス

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 4月 2日(木)11時17分8秒
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コラム:バルセロナを倒すのはどこか?

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2009年 1月 6日(火)12時17分8秒
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■“美”と“経済”の両立は可能か

過ぎ去った2008年、マンチェスター・ユナイテッドは熱望していた3つの重要なタイトル――イングランド・プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、そしてクラブワールドカップを獲得した。
このイングランドのビッグクラブは、スター選手たちがそれぞれ完ぺきに自らの仕事をこなす完成されたチームである。
だが皮肉なことに、地球上で一番素晴らしいサッカーは、カンプ・ノウでバルセロナによって繰り広げられた。
もちろん、08-09シーズンはまだ半分を過ぎたばかりだ。
残りの半年間、このカタルーニャのチームに何が起こるかを、注視していくべきだろう。

 サッカーは常に、観客やテレビの前の視聴者を魅了する、スペクタクル満載の“理想のモデル”を模索しつつ変化を続けている。
と同時に、巨大ビジネスという、サッカーのもう1つの側面が変わることはない。
つまり、各クラブは“美”と“経済”を両立させる必要があるわけだが、両方を手に入れるのは不可能ではないだろう。
スペクタクル性が最大限に発揮されれば、必然的にファンは得やすくなるからだ。

 一方で、観客を引き付けるのにはもう1つの要素がある。
多くの場合、これが一番大きいのだが、それは特定のクラブ、あるいは代表チームへの忠誠心である。
これはスペクタクルなどとは別次元に存在する。
とはいえ、どのチームにとっても勝つことは重要だ。どんなサッカーをしようとも、最終的には何としても勝利を手に入れることが優先される。

■かつての象徴が去り、新しいチームへ

バルセロナは、ジョゼップ・グアルディオラ監督が就任した08-09シーズンの前半戦、クラブの伝統でもある“スペクタクルなサッカー”という哲学と“勝利”を完ぺきなまでに実現している。
“ブラウ・グラーナ”(バルセロナの愛称)にとって何より大切なのは、観客のシンパシーを得るため、いつでも魅力的なサッカーを披露することだ。

 今季開幕前、バルセロナはかつてクラブの顔だった2人のキープレーヤーを放出した。
すなわち、ポルトガル人MFのデコとブラジル人のロナウジーニョである。
ソシオ(クラブ会員)から不信任案を受け、首脳陣が去るなど孤立無援の厳しい立場に追い込まれていた会長のジョアン・ラポルタは、苦肉の、しかしクラブに必要な決断を下した。
「ひとつのサイクルが終わった時、その象徴的存在の選手が去るのは当然のことだ」と、前出の2人とエトーが戦力外であることを明言したのだ(その後、エトーは残留)。
オランダ人監督のフランク・ライカールトも任期を残して退任に追い込まれ、バルセロナは過去の栄光と決別した。

 ロナウジーニョとデコ、そして同じくクラブを去ったエジミウソンは、かつてバルセロナの副会長を務め、ラポルタと犬猿の仲だったサンドロ・ロセルと近しい関係だった。
ロセルはスポーツブランドのナイキのブラジル担当だったこともあり、ブラジル人選手からの信頼が厚かったのだ(彼は次のバルセロナの会長選挙の候補者とも言われている)。
 今ではラポルタ派とでもいうべき選手が残り、チームは平穏に包まれている。
昨シーズンはピッチ外で騒動を起こし続けたカメルーン人FWのエトーも、今ではチームメートやテクニカルスタッフとも良好な関係を築いている。得点ランキングでもトップに君臨し絶好調だ。

■輝くグアルディオラのサッカー

バルセロナはどのプレーを切り取っても、輝くようなサッカーを見せている。アルゼンチンのみならず、いまや世界のベストプレーヤーの1人とも言えるリオネル・メッシを中心に、シーズン開幕前に新監督のグアルディオラが計画したチームとしての軸がぶれることがない。
また、現在バルセロナの背番号10を背負うメッシのみならず、あらゆるポジションにクラック(名手)がひしめいている。

 中盤にはスペイン人のコンビ――完成されたプレーヤーのシャビと、将来性溢れるイニエスタ、左サイドにはかつてのレベルに戻りつつあるフランス人FWのティエリ・アンリ。
能力と人間性を兼ね備えた守備の要、カルレス・プジョル、3シーズン前の輝きを取り戻したメキシコ人DFラファエル・マルケス、最後尾には頼れる守護神ビクトル・バルデスが立ちはだかる。

 今季のバルセロナは、リーガで1試合あたり3ゴールのペースで得点を重ねており、近年にないハイペースとなっている。
まだシーズンは半分以上残っているとはいえ、いまや国内でも欧州の舞台でも、バルセロナを倒すのはどのチームにとっても簡単ではないだろう。

スポーツナビ

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0809/spain/text/200901050008-spnavi.html

 

プレミアリーグ 2008-09シーズン 第19節 全試合ハイライト

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2008年12月28日(日)11時48分53秒
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コラム:::水野晃樹、移籍後1年でつかんだ初ゴール 激動の1年と2009年への手ごたえ

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2008年12月26日(金)14時53分32秒
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■突然訪れたスタメンの機会

1年近く待ち続けたその瞬間は突然やってきた。

 12月21日、セルティックの水野晃樹はフォルカーク戦で初めて先発メンバーとしてピッチに立った。
2008年1月のセルティック移籍後、リザーブリーグでのプレーが続いた。
今季、11月8日のマザーウェル戦で交代出場でデビューを果たしたが、その後も先発はなく、グループリーグ敗退決定後のチャンピオンズリーグでも出番はなかった。
つかみかけたチャンスが、再び離れていっているようにも感じていた。

 試合当日、グラスゴー近郊のフォルカークには強い風が吹いていた。
ウォームアップのために体を動かしていた時、水野はコーチのギャリーに呼ばれて何かを言われた。

「今日は両サイド……日本人が……」

 とても英語とは呼べないグラスゴー独特の方言に、すべてを聞き取ることはできなかった。
しかしそれから間もなく、水野は自らが先発メンバーに入ったことを知る。

 試合前のロッカールーム。ストラカン監督はホワイトボードに先発する選手の名前を1人1人書いていく。
その日のボードにも、いつも通りの選手名が書かれていった。いつもの4-4-2。
いつもの選手たち。GKボルツ、DFヒンケル、ローフェンス……。当然のように中村俊輔の名前も書かれた。
やがて指揮官のペンは中盤左サイドへと移り、ふいに「コーキ」と、自分の名前がボードに書かれた。

「驚いたよ。スタメンはいきなりロッカールームで言われたから……。緊張しないように、これはリザーブリーグだと思って試合に入った」

■中村と水野の描いたゴールシーン

ポジションは4-4-2の左サイドハーフ。
チームメートとは練習でこそ毎日一緒にボールを蹴っているが、公式戦、しかも先発としてプレーするのは初めてのこと。
水野にボールは集まらず、前半は半ば消えかけていた。
何度かボールタッチしたが、持ち味のスピードとドリブルで勝負する場面はなかった。
前半が終わるころ、水野は「これはすぐに交代だな」と感じていたという。反対サイドから眺めていた中村もまた、同じように思っていた。

「前半は消えるシーンもあった。コーキにはサイドに開いて待ってろと言ったけど、なかなか生かせなかった」

 しかし、ストラカンは後半も水野を起用し続け、結果的にそれが実ることとなる。
1-0で迎えた後半45分、水野は左サイドから中へ走る動きでパスを呼び込み、DFをスピードで振り切ると、GKを前にして冷静にボールをゴールに押し込んだ。
「俊さんからのパスで点を決めたい」。それは試合前に水野が願った、中村からのパスだった。

 ハーフタイムに中村は水野にこう伝えていた。
「俺がボールを持って前を見たら、とりあえず裏のスペースへ動き出せ」。
得点は2人が描いたとおりの展開だった。右サイドでボールを持ち、中央へと入っていった中村が、前線のスペースへ走り込む水野へ――。

「俊さんがボールを追った瞬間に動き出そうというのがずっと頭にあった」という水野と中村の連係が、見事にはまったシーンだった。

■監督、コーチ、チームメートと分かち合った初ゴール

ベンチのストラカン監督とレノンコーチは得点が決まった瞬間、子供のようにはしゃぎながらあたりを飛び回った。
ゴールマウスにいたGKボルツは猛ダッシュで水野のもとへと駆けた。
過度のパフォーマンスと判断されたのか、得点後に水野は主審から警告を受けた。
しかしそんなことよりも、チームメート全員が自分のもとへ駆け寄ってくれたことがうれしかった。

「アーター(ボルツ)まで自分のところへ来てくれた。あれが一番うれしかった。
最初はゴール裏へ行ってから、俊さんのところへ行こうと思ってたけど、全然かき分けられなかった」

 アウエーに駆けつけたセルティックファンは、試合が終わってからもサポーターソングに合わせ、「コーキー・ミズーノ!」と連呼していた。

「いいパス、ありがとうございます」。水野はパスをくれた中村にこう伝えたという。
ストラカンは試合後、「日本人は2人とも素晴らしかった。試合が進むにつれて、コーキはよくなると思っていた。
あいつには信じられないスタミナがあるから。
彼がサイドにいることでピッチを広く使うことができた」と、フル出場させた理由を説明している。

 初先発で初得点、ついでに初の警告までもらった。
翌日のスコットランド地元紙は水野一色。チームメート、中村、ボルツと抱き合う姿が紙面を飾った。
タブロイド紙『ザ・サン』は“Asian McGeady(アジアのマクギディ)”とのタイトルをつけ、ストラカンと衝突してチームから外されているアイルランドのウインガー、マクギディの不在を感じさせなかった、としている。

■生き残りを懸けた戦いへ

今年2月にチームに合流してから11カ月目で出した結果。しかし本人はすでにその先を見ている。

「後半だけじゃなく、90分間いいプレーをしたい。今後、負傷者が戻ってきたときに、どう生き残っていくか。2009年の目標は自分の居場所を確実にすること」

 2008年は水野とって激動の1年だった。
1月のセルティック移籍。リザーブリーグでプレーする日々。
3月には荒れたピッチに足を滑らせて足首を痛めた。負傷を引きずりながら挑んだ5月のトゥーロン国際大会。
満足のいくパフォーマンスができず、「目標」としていた北京五輪メンバーから落選する。
そして、今季開幕前の右ひざの手術――。いつも傍らにいたコーチのレノンに励まされながら、リハビリや居残り練習をこなしていった。

 苦難の1年の中で最後につかんだチャンス。フォルカーク戦後、レノンはピッチに駆け寄り水野を引き寄せると、強く抱きしめた。

スポーツナビより転載

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0809/scotland/text/200812240003-spnavi.html

 

カカ動画

 投稿者:京美堂WEB担当メール  投稿日:2008年12月26日(金)14時16分1秒
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